大正時代の服装を完全解説|女性・男性の実態と大正ロマンを着物デザイナーが読み解く

本記事の制作体制

熊田 貴行

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大正時代(1912〜1926年)の服装を一言で表すなら、「和と洋が自由に混ざり合い、答えのなかった時代の実験」だった。銘仙の着物に編み上げブーツ、着物の下にタートルネック——100年前の街にはそんなコーデが普通に存在した。本記事では着物デザイナー・渡辺雅司氏(VEDUTA)のコメントを軸に、女性・男性・庶民・女学生・モガ・モボ、それぞれの服装の実態を具体的に解説する。

関連記事:明治時代の服装はどんな感じ?

目次
傘 梅雨

大正時代とは?服装を理解するための時代背景(1912〜1926年)

大正時代は1912年から1926年までの約14年間。第一次世界大戦による輸出拡大で日本経済は好景気に沸き、機械化・合理化が進んだ産業は女性の社会進出を後押しした。三越・松屋などのデパートが既製服を本格販売し始めたのもこの時期で、洋装は一部の上流階級の正装から「買える若者文化」へと裾野を広げた。

そして大正12年(1923年)の関東大震災が、服装史の大きな転換点となる。焼け跡からの復興生活のなかで、動きにくい着物から洋装への切り替えが加速。震災以前は「洋装化の萌芽」だったものが、震災後は「洋装の日常化」へと一気に進んだ。

  • 1912年:大正時代開始。欧米文化の輸入が加速する
  • 大正中期:銘仙のほぐし織(解し織)技術が発展し、複雑な柄の量産が可能に
  • 1923年(大正12年):関東大震災。女性の洋装化・セーラー服普及の転換点
  • 1926年:大正時代終了。昭和初期に向けてアールデコ調デザインが主流に

大正時代の女性の服装|3つの層で見る「実態」と「イメージ」

「大正ロマン」のイメージで語られる華やかな着こなしは、主に都市部の富裕層・女学生・職業婦人のものだった。庶民の普段着はもっと質素で実用的。この層別のギャップを押さえておくと、大正時代の服装の全体像がより正確につかめる。

庶民・下町の女性の普段着

農村や下町の女性の多くは、引き続き木綿の着物が主役だった。モスリン(薄手の毛織物)は明治後半から大正中期にかけて庶民層に広まり、比較的安価で柔らかく扱いやすいことから日常着として定着していった。着物の色彩は鮮やかになり、モスリンの普及とともに流行色が次々と生まれた時期でもある。

女学生のハイカラスタイル――銘仙×袴×ブーツからパンプスへ

VEDUTAデザイナー 渡辺雅司
VEDUTAデザイナー 渡辺雅司

こちらは大正時代のギャルです。女学生です。注目すべきは足元の靴下やパンプス!袴にブーツが明治末期から大正初期には流行りましたが、編み上げブーツのような手間のかかる靴は合理的ではないため、ブーツよりさらに安価で便利なパンプスや普通の革靴を合わせる流れにシフトしました。今のギャルなら袴にダッドスニーカー履くでしょうね。着崩しのコーデは100年前から始まってるのです。

女学生のトレードマークは、銘仙の着物に行灯袴、足元はパンプスか革靴というスタイル。銘仙は平織りの絹織物で、アールヌーボーやアールデコの影響を受けた幾何学・抽象柄と鮮やかな色彩が特徴。産地は伊勢崎・秩父・桐生・足利など関東内陸部が中心で、大正中期に「ほぐし織(解し織)」技術が確立してから複雑な図柄の量産が可能になった。ヘアスタイルは耳隠し(耳を覆うようにまとめた髪型)やフィンガーウェーブが代表格。

モダンガール(モガ)の洋装スタイル

VEDUTAデザイナー 渡辺雅司
VEDUTAデザイナー 渡辺雅司

女性の社会進出とともに、動きやすく先進的な洋装ミックスが進んでいきます。スカート丈はひざ下のミディアム〜ロング丈。ゆったりしたワンピースに、クロッシェ帽やコンパクトなハットを組み合わせたりと、自由なファッションを楽しむ女性が急増しました。髪型はボブ(断髪)、メイクは引眉・ルージュ・頬紅。香水も浸透し始めました。

「モダンガール(モガ)」と呼ばれた都市部の先端層は、ひざ下丈のスカート、クロッシェ帽、ボブカットという欧米直輸入のスタイルを実践した。着物に毛皮コートを羽織るといった和洋折衷コーデも普通に街を歩いていた。

VEDUTAデザイナー 渡辺雅司
VEDUTAデザイナー 渡辺雅司

着物にフェレット巻いてます。毛皮のコートも羽織ってますね。毛が好きなんですね。大正時代からは、欧米からのファッションアイテムの輸入に伴い、着物に洋アイテムの和洋折衷なコーデが自然になってきました。

当時の挿絵画家・竹久夢二が描いた白・黒・鼠色の縞模様の着姿や、高畠華宵が多く用いた鮮やかな色彩のイラストが、モガたちのファッションのビジュアルイメージをリードしていた。

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「デキる女」――100年前の銀座キャリアウーマン

VEDUTAデザイナー 渡辺雅司
VEDUTAデザイナー 渡辺雅司

今から100年前の銀座です。デキる女オーラ全開の大正キャリアウーマンお二人。オシャレ雑誌の編集長バリの感度の高いファッションセンス。ハイウェストなベルト、ハット、大きめの襟。小物も今でもビトンであるようなミニバッグをさりげなく持ち、グローブも自然でエレガント。颯爽と歩く姿に、女性の強さを感じます。絶対いい匂いします。夜はバー行ってマティーニ呑んでます。

「原宿ガールズ」――竹下通りにいても違和感ゼロ

VEDUTAデザイナー 渡辺雅司
VEDUTAデザイナー 渡辺雅司

完全に、今でも竹下通りいますね。特に右のコ!もう一度言います。100年前の光景です。タピオカ持ってても何ら違和感ないです。全体的に比較的ルーズ目なシルエットなのが、ますます今のトレンドと既視感なのかも知れませんね!扇子が目を引くエスニック系な左のコ。ナチュラル系な真ん中のコ。モード寄りの右のコ。後ろのオジサンたち見過ぎ。

「ハイカラさん」――着崩しは100年前から

VEDUTAデザイナー 渡辺雅司
VEDUTAデザイナー 渡辺雅司

袴姿なのに、どこか今の街に溶け込んでしまいそうな佇まい。帯の結び方も着物の着付けも、決してキッチリ正統派というわけじゃない。それがまた絶妙にこなれて見えます。着崩しのコーデは100年前から始まってるのです。

「ロマンス」――男性の洋装化が先行した理由

VEDUTAデザイナー 渡辺雅司
VEDUTAデザイナー 渡辺雅司

なんか良いですね。目黒駅前でバスを待つ二人の会話が聞こえてきそうです。女性の社会進出と共に女性も洋装化していきますが、男性の方が洋装化は早かったため、男性:スーツ、女性:着物、の構図が一般的でした。

大正時代の男性の服装|和洋折衷から「大正紳士」スタイルへ

モダンボーイ(モボ)の服装

VEDUTAデザイナー 渡辺雅司
VEDUTAデザイナー 渡辺雅司

和装からスーツなどの洋装へ転換。ロイド眼鏡、ハット、ステッキなどの小物もファッションアイテムとして広く取り入れられるようになりました。髪型はポマードで固めた七三分けやオールバックが流行りました。

「モダンボーイ(モボ)」のスタイルキーワードは山高帽(ボーラーハット)・ロイドメガネ・ステッキ・スーツ。カンカン帽やハンチングも流行した。大島紬の着物を羽織と対でそろえる「対着こなし」は当時のステイタスシンボルで、着物派の男性は中折れ帽と組み合わせることも多かった。

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イケメングループ――着物とスーツが共存した風景

VEDUTAデザイナー 渡辺雅司
VEDUTAデザイナー 渡辺雅司

アルバム2枚は出してますね。そのくらいの余裕を感じさせますよね。着物とスーツが共存していた光景です。

トンビコート・インバネスコート――和洋折衷の最高傑作

VEDUTAデザイナー 渡辺雅司
VEDUTAデザイナー 渡辺雅司

渋いです。まず顔が渋い。こちらのコートは太宰治が好んだとも伝えられる、大正ロマンを象徴する「トンビコート」です。形の似た「インバネスコート」も流行りました。和服の大きな袖が邪魔になりにくく実用性が高く「和洋折衷」な洒落感が両立できるコートとして人気だったようです。映画監督・故伊丹十三氏はこう語っていると伝えられています。「着物にインバネスってのは、ライスカレーと福神漬け、と同じように和洋折衷大成功の一例である」

タートルネック――下北沢的着こなしの元祖

VEDUTAデザイナー 渡辺雅司
VEDUTAデザイナー 渡辺雅司

寝起きでしょうか?着物を着ていますが、インナーをよく見るとタートルネックを着ています。丸眼鏡に、コタツで朝まで寝たような無造作ヘア。下北あたりにいそうなコーデですね。

レイヤードブラザーズ――計算されたいにしえの重ね着

大正時代のレイヤードスタイル男性二人組
VEDUTAデザイナー 渡辺雅司
VEDUTAデザイナー 渡辺雅司

ハットとハンチング、ボーダー靴下と革靴。上下から和をサンドイッチしたようなコーデ。特筆すべきは、着物の下にパンツ履いてますからね、これ。着物をめくって、ボトムスをチラ見せ。いにしえの重ね着、レイヤードスタイルですよね。即興で出来たわけでなく、計算されて着合わせているのが、真っ直ぐな視線と堂々とした佇まいから読み取れます。二人ともそれぞれ、ハットと帯の色もリンクさせてますし。

レベち――レオナール・フジタという規格外

VEDUTAデザイナー 渡辺雅司
VEDUTAデザイナー 渡辺雅司

クセ強すぎ。今までのスナップ紹介は何だったのか。明治生まれで、大正時代からフランスに渡った画家、レオナール・フジタさんです。着物のような袖幅の広めのシャツに蝶ネクタイ。袴のようなワイドパンツ。おかっぱにヒゲ、黒ぶち丸メガネ。100年前だろうが、オシャレな人はオシャレ。日本の枠に収まりきらなかった男。

「大正ロマン」とは何か――和洋折衷の美学が生まれた理由

大正ロマンとは、明治以降に流入した西洋文化と日本の伝統的な美意識が溶け合い、大正時代の都市部を中心に花開いたスタイルや文化的雰囲気の総称だ。服装に限らず、建築・文学・音楽・グラフィックにも共通する「和と洋の混在」が核にある。

初期はアールヌーボーの有機的な曲線モチーフが着物の柄に影響を与え、末期から昭和初期にかけてはアールデコの幾何学的・直線的なデザインへとシフトした。竹久夢二の白・黒・鼠色を基調とした縞模様、高畠華宵が多く用いた鮮やかな色彩——こうした挿絵画家たちが描くビジュアルイメージが、当時の女性たちのスタイルイコンになった。

明治時代との服装の違いは何か

明治は「洋装の導入期」、大正は「洋装の大衆化・実験期」と整理すると分かりやすい。明治時代の洋装は主に官僚・軍人・上流階級の正装であり、庶民にはほぼ無縁だった。大正になると機械化による既製服の普及とデパート販売が重なり、洋服は「庶民が手を伸ばせるもの」になった。さらに銘仙のような比較的手に入りやすい絹織物の発展が、和装側にも新しい表現の幅を生んだ。

『鬼滅の刃』の服装は史実の大正時代に近い?

『鬼滅の刃』の舞台は大正時代。炭治郎の市松模様の羽織や、胡蝶しのぶの蝶模様の羽織は、大正時代に実際に流行した銘仙の幾何学・アールデコ柄の系譜にある。羽織を普段着として着こなすスタイルも、当時の庶民男性の典型的な着こなしに近い。ただし、鬼殺隊員の戦闘服は物語上のデフォルメが入っており、史実通りではない。

それでも、「幾何学柄の着物」「和洋折衷の小物使い」「羽織を外出着として着る習慣」といった要素は、当時の服装文化をリアルに反映している部分が多い。作品をきっかけに銘仙や大正ロマン着物に興味を持つ人が増えたのは、服飾史の観点からも理にかなった流れだろう。

大正ロマン着物を現代で楽しむには――選び方と今のコーデへの活かし方

VEDUTAデザイナー 渡辺雅司
VEDUTAデザイナー 渡辺雅司

和洋折衷な大正時代のファッションを見ると、今の平均的で画一的なファッションと違って、個性や力強さ、自由を感じます。おそらくそれは、和服と洋服の組み合わせの未知のパターンを試行錯誤することで十人十色、様々なバリエーションが生まれた事や、着こなしに「答え」が無い故の自由さがあったのでしょう。現代の日本人が急に和服に全てを切り替えることは現実的ではないとすれば、意外とそのスタイリングのヒントは、100年前の大正時代にあるのかもしれません。

VEDUTAデザイナー 渡辺雅司
VEDUTAデザイナー 渡辺雅司

また、逆を言えば現代の日本は和服に対して、杓子定規な暗黙のルールを作りすぎてしまったとも言えます。着物には雪駄を履かなければいけない、帯を締めなければならない。本来自由だった和服を型にはめてしまったことで、着にくい時代になってしまったと思います。大正時代のようにもっと自由に考えていきたいですね。

現代で大正ロマン風の着こなしを実践するなら、次の視点で選ぶと入りやすい。

  • 柄:アールデコ調の幾何学模様、大きな花、抽象柄。「銘仙らしい」派手な色使いも大正ロマンの醍醐味
  • 素材:アンティーク銘仙(伊勢崎・秩父・桐生・足利産)か、現代の大正ロマン風プリント着物
  • 合わせる小物:ロイドメガネ、クロッシェ帽、レースの半衿、革ベルト、ブーツやパンプス
  • アンティーク vs 新品:アンティーク品はサイズや状態の確認が必要だが価格が抑えやすい。新品の大正ロマン風着物はサイズオーダーや洗濯対応のものも増えている

この記事で紹介したおすすめ商品

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日本の美を凝縮した絵てぬぐい、大正ロマンの香りを日常へ

【手ぬぐい】絵てぬぐい JAPAN | 横浜捺染 | 濱文様

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¥1,320

横浜捺染の伝統技法で染め上げた濱文様の絵てぬぐいは、和の図案を現代の暮らしに取り入れやすい一枚。手ぬぐいは大正時代にも日常使いされていた和の小物であり、インテリアとして飾ったり包んだりと用途は多彩です。1,320円とお手頃なため、大正ロマンが好きな方へのプチギフトにも最適です。

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黒の美濃焼急須セットで、大正時代の茶の間を今に再現

【急須セット】黒 | 美濃焼 | 丸モ高木陶器

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¥13,200

美濃焼の産地として名高い岐阜の丸モ高木陶器が手がける黒の急須セット。凛とした黒釉の佇まいは、大正時代の和の茶の間を連想させる落ち着いた雰囲気を持ちます。伝統工芸品ならではの風格があり、自宅での日本茶時間を格上げするほか、目上の方への贈り物としても喜ばれる一品です。

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和紙金銀ラッピングで、贈り物に上品な和の彩りを添えて

【ラッピング】和紙 金銀(白)(オプション)

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¥330

金銀の和紙を使ったラッピングオプションは、日本の伝統的な包む文化を体現する上品な仕上がりです。330円で手軽に追加でき、大切な方へのギフトをより丁寧な印象に演出します。大正ロマンを感じる和のアイテムを贈る際に、包み紙からこだわりたい方におすすめです。

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和紙ラッピング+ギフトBOXで贈り物を完璧に仕上げる

【まとめてラッピング】和紙 金銀 (白) & ギフトBOX(オプション)

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¥880

金銀の和紙ラッピングとギフトBOXがセットになったオプション。880円でプレゼントとしての見栄えが格段にアップし、受け取った方への配慮が伝わります。伝統工芸品を大切な記念日や内祝い、誕生日ギフトとして贈る際に、開封の瞬間まで特別感を演出できるこだわりの包装です。

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千手観音をまとう、シルクスクリーンの和柄Tシャツ

【Tシャツ】千手観音 | シルクスクリーンプリント

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¥5,060

伝統的な千手観音の図案をシルクスクリーンプリントで仕上げたTシャツは、和のモチーフをカジュアルに日常へ取り込める一枚。大正時代に洋服文化が流入し和洋折衷のスタイルが生まれたように、和の意匠を現代のTシャツに落とし込んだ感覚は大正ロマンの精神と通じます。自分用はもちろん、和文化好きの友人へのギフトにも喜ばれます。

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鯖江の眼鏡技術が生んだ、ピンバッチ兼メガネホルダー

【ピンバッチ】ラペルピン・メガネホルダーになるピンバッチ megane pin (ブラウン) | 鯖江の眼鏡 | 匠市

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¥1,980

日本有数の眼鏡産地・鯖江の職人技が光るラペルピン。ピンバッチとしてジャケットの襟元を飾りながら、メガネホルダーとしても使える機能性が魅力です。大正時代の洋装スタイルに合わせた小物使いを現代に楽しむような、粋なアクセサリーとして、おしゃれなメガネユーザーへのギフトにも最適です。

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【ペンケース (万年毛筆専用)】本革 黒 | 書道用品・筆ぺん | 呉竹

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よくある質問

大正時代の服装の特徴を一言で表すと?
「和洋折衷の実験場」です。銘仙の着物にパンプス、着物の下にタートルネック、インバネスコートに中折れ帽など、和服と洋服を自由に組み合わせる着こなしが都市部を中心に広まりました。答えのないスタイルの多様性が、大正時代の服装の最大の特徴です。
大正時代の女性の服装はどのようなものでしたか?
大きく3層に分かれます。①庶民・下町の女性は木綿やモスリンの着物が中心。②女学生は銘仙着物+行灯袴+パンプスのハイカラスタイル。③モダンガール(モガ)はひざ下丈スカート・クロッシェ帽・ボブカットという洋装スタイル。ヘアは耳隠しやフィンガーウェーブが代表的です。
明治時代と大正時代の服装の違いは何ですか?
明治は「洋装の導入期」で、洋服は主に官僚・上流階級の正装でした。大正は「洋装の大衆化・実験期」で、デパートの既製服販売や銘仙などの安価な絹織物の普及により、庶民も和洋折衷ファッションを楽しめるようになりました。関東大震災(1923年)がさらに洋装化を加速させています。
銘仙とはどのような着物ですか?
銘仙は平織りの絹織物で、アールヌーボーやアールデコの影響を受けた幾何学・抽象柄と鮮やかな色彩が特徴です。大正中期に「ほぐし織(解し織)」技術が確立し、複雑な柄の量産が可能になりました。産地は伊勢崎・秩父・桐生・足利など関東内陸部が中心です。
大正ロマン風のコーデを現代で実践するには?
アールデコ調の幾何学模様や大柄の銘仙着物を選び、ロイドメガネ・クロッシェ帽・レースの半衿・パンプスやブーツなど洋の小物と組み合わせるのが基本です。「着物には決まったルールがある」という先入観を外して、100年前の大正人のように自由に試してみることが一番の近道です。

まとめ――大正時代の服装が現代に示すもの

大正時代の服装を通観すると、あの時代の人々がいかに「ルールなき実験」を楽しんでいたかが見えてくる。着物にタートルネック、袴にパンプス、インバネスコートに中折れ帽——どれも「正解」があったわけではなく、あるのは個人の感覚と自由さだった。

社会が揺れ動くなかで新しい文化を貪欲に取り込み、和と洋を混ぜながら自分たちのスタイルを探っていた。その姿勢は、100年後の現在にも十分に通じる。

BECOSでは大島紬や久留米絣など大正時代から続く産地の現代品を、実物の作り手情報とともに紹介している。大正ロマン風のアイテムに興味が湧いたなら、小物からでも産地直結の着物からでも、ここを入口にしてほしい。

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